私の部屋には書類用の棚があり、十個の引き出しが付いている。こう言えば立派な棚に聞こえるが、プラスチック製で引き出しの色がそれぞれ違って「見た目」で選んだものだ。しかも2980円。もう十年近く使っているので、一度引き出すと元に戻すのも大変で、素敵だった見た目もガタガタのガチャガチャになってしまった。新しく注文した棚がやっと届いたので中身を整理しようと思ったのだが、もらった手紙というのがなかなか捨てられなくて困ってしまった。その中から一枚紹介したいと思う。
私が川柳塔の誌友になった頃、投句するだけではなく句会にも参加したいと思っていた。佐賀県には唐津市に川柳塔の句会があり、代表の仁部四郎さんにお願いして参加させてもらうことにした。私の住む吉野ヶ里から唐津までは車で片道一時間半ほどかかるのだが、山越えをして唐津の海に出る道が私も母もお気に入りだった。会場は小さな喫茶店のテーブル席で、私達を入れても六名ほど。とても小さな句会だったがアットホームで、そこに参加しているおばあちゃんの戦時中の恋の話を聞くのが楽しみだった。戦時中には珍しい恋愛結婚で、ドラマのような展開で毎回とてもドキドキした。
毎月一回の句会に一年ほど通った頃、四郎さんから手紙を頂いた。
「私達の句会は小さく、上達を目指す人というよりも頭の体操の一環として、おしゃべりの場として、参加している人の集まりです。お二人が参加してくださることは本当にありがたいと思っていますが、心を鬼にして申し上げます。この句会への参加はもう遠慮してください。長距離を運転して参加してくださっているのに、句会のレベルを考えると心苦しいのです。川柳塔唐津も私の代で終わりになると思います。こんなことを申し上げるのは私自身も辛いことだということを察していただければ幸いです。」
私は勝手に唐津の句会を盛り上げようと思っていた自分を恥じると同時に、こうやって心配りをしてくださる四郎さんの手紙に心が震えた。句の意味が分からないと言われることも多く、分かってもらえるように作句していた自分もいた。はっきり言ってもらえたことで救われた気持ちになった。
どこの句会も高齢化が進んでいる。来る者拒まずというわけではない。自分の気持ちだけで突っ走ってしまい、四郎さんに苦しい手紙を書かせてしまったことを反省している。ただ一つ心残りなのは、あのおばあちゃんの恋の話だ。彼が徴兵されたところまでしか聞いていない。おばあちゃんの恋のドラマの続きを想像しながら、手紙の整理を続けている。
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