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初恋抄(49)短冊 2023年6月30日更新

 我が家の仏間には、二枚の短冊が飾られている。それは父の大会入賞句でもなく、私達家族が書いたものでもない川柳だ。

 父はマスターズ陸上の選手だったので、父の葬儀には陸上仲間の人達がたくさん参列してくれた。亡くなった日にお通夜、次の日にお葬式をしたので、亡くなったことを知らない人もいて、家にお参りに来てくれる人もたくさんいた。

「真島さんが川柳しよんしゃるて知っとったけん、オイも川柳ば作って来たよ」

「何回か川柳会に誘ってもろうたばってん、オイは学の無かけん遠慮しとった。はじめて書いた川柳けん、真島さんに笑われるかもしれんばってん…」

そう言いながら、短冊に丁寧に書かれた川柳を仏前に上げてくれた。筆書きされていて、決して上手いとは言えない句だったが、私はこれが本物の川柳だと思い涙が出た。教室では口酸っぱく「人間を詠みましょう」なんて偉そうに言っているくせに、いつも入選にこだわってしまう自分がいる。だがここに書かれた句は、ただ純粋に友達を思い、指を折りながら一生懸命に考えた句。人を思って作った、少しの欲もない本物の川柳だ。面白い、面白くない、上手い、下手、分かる、分からない、そんなのどうでもいいのが川柳なんだと、最後に父が教えてくれた。

 仏壇に手を合わせる度に、この二枚の短冊を見る。なんの為に川柳をやっているのか、私は本当に川柳を楽しめているのか。父の陸上仲間が書いてくれた句、文字が、私の背中を押してくれる。お父さん、私は心のある句を作れていますか?





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