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初恋抄(25)母百句 2021年6月5日更新


 我が家には古い倉庫があり、とうとうシロアリが出てしまったので建て替えることにした。まず倉庫の荷物を外に出さなければならないのだが、父の道具がとにかく重い。鉋や金槌、なんと呼べばいいのか分からないモノが引き出しに綺麗に並べられている。棚ごと動かすのは無理だったので、引き出しを全部だして移動させることにした。その一番下の引き出しに父が自分で作った木の箱があり、開けてみると通帳と「母百句」という父の句集が入れられていた。ばあちゃん(父の母)の傘寿のお祝いに、父がこの句集を出版していたことを私はすっかり忘れていて、片付けはそっちのけで座り込んで本を開いた。


  母の字でそうすと書いた醤油瓶

  もの値切るときだけ母の国訛

  三番もある母さんの黒田節

  忘れずに母は旗日の旗揚げる


  ジャンケンに勝っても母は小さい方

 六人家族だったので誕生会が年に六回あり、ケーキは主役など関係なくジャンケンで勝った人から選ぶ決まり。ばあちゃんはジャンケンで必ず最初に親指と人差し指を立てたチョキを出すから、全員が最初はパーを出すという暗黙の了解があった。「また勝ってしもうたばい」と嬉しそうなばあちゃんの顔を思い出した。


  生きているうちにと母に欲が出る

  母の高さに物干し竿が掛けてある

  陛下のお姿拝しに母の乳母車

  念力で母さん針に糸通す

  約束を母は黙って待っている


 私が選者をするようになった頃「母の句は三割引け」と言われたことがある。母の句は共感が大きい分狙い撃ちされやすい。入選したいが為に母を詠み込んだ句と、実感句として母を詠んだ句は土台が違う。それを選者として見抜くのはとても難しい。ある人に大会で「この句は亡くなった母のことを詠んだのよ。本当の句だから入選したかったなぁ」と泣きそうな顔で言われたことがある。その句を入選にしていたらこの人はどんなに嬉しかっただろうかと胸が痛かった。

投句者としての私のスタンスは母の句、父の句を投句する時は「入選しなくてもいいからこの句を出したい」という強い気持ちがあるときだけだ。だが句集となると、そんな裏事情などまったく関係がないものになる。私達家族はみんな川柳をしているので、川柳を通じて親孝行することができる。そのことだけでも、どれだけ恵まれた環境だろうかと思う。父が「母百句」という句集で親孝行をしたように、私も川柳で親孝行をしていきたい。





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