川柳の本を整理していたら、酒谷愛郷さんの句集を見つけた。
父の掌さくら匂うと そうであろう
この句から始まる「暁」という句集を手に取ると、無性に愛郷さんに会いたくなる。愛郷さんは佐賀県伊万里市出身で、県内の大会でよくご一緒させていただいた。私が子供の頃は、私の句をとても褒めてくれた。愛郷さんは持病があり体が小さかったので、一緒に手をつないで句会場の外に広がる梅の咲く庭を歩いた記憶もある。そして私が大人になり、姪の凉や芽が川柳をするようになると、私を褒めてくれたように凉と芽を褒めてくれた。なによりも驚いたのは、まだ保育園だった凉の句を特選に選んでくれたことだ。
武雄寒梅川柳大会・お題「ずばり」酒谷愛郷 選
すべりだいずばりずばりとすべるんだ 真島 凉
この句を凉が投句用の句箋に書くのを一緒に手伝いながら、面白いけど入選はしないだろうと思っていた。だがこの句が愛郷さんの口から零れた瞬間、私の感じた「面白い」を簡単に超えてしまった。それはとても不思議な感覚で、私はこの句の何を見ていたのかと、自分の未熟さが恥ずかしくなった。この経験から、私は句を読むときの思い込みを一切捨てるようになった。愛郷さんがきっかけをくれたのだ。
北海道在住の細川不凍さんからときどきお手紙をいただくのだが、そこにも愛郷さんの名前が出てきて、とても嬉しくなる。佐賀県に不凍さんの柳友がいたということだけで、なんだか誇らしい気持ちになる。そんな愛郷さんも十年ほどまえに亡くなられた。もっと愛郷さんと話をしておけば良かったと悔やまれてならない。
太鼓破れて一族口を あけたまま
死出の衣 ひもゆるやかに漁港がみゆる
牡丹と僧 けむりであって生身であって
夢精以後 いくたび母の水くぐり
暁の樹よ 吾はひたひた来つつあり
酒谷愛郷句集『暁』より
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